ブータンの首都ティンプーでのワークショップを実行するべく現地に滞在するアーティスト五十嵐靖晃と北澤潤の日記。

2011年3月30日水曜日

2日目 五十嵐靖晃

2011年3月26日(土)

 

School of Sky

 ブータンの首都ティンプーのホテルで目覚める。飛行場のあるパロから車で移動し、昨夜の内にチェックインを済ませていた。ブータンの全人口70万人の内、約10万人がここティンプーで暮らしている。ちなみにブータンの大きさは九州より少し小さいくらいの面積である。パロからティンプーへはたった1時間程度の移動なのだが、その風景はがらりと変わる。伝統的な木造民家が適度な距離を保って点在するパロに比べ、滞在先のあるティンプー中心街は5階建てまでという政府の規制があるもののコンクリートでできた建物がひしめき合い、ガイドブックに紹介されるようなヒマラヤのシャングリラ、アジア最後の桃源郷といったイメージには答えてはくれない。美しく、穏やかで、たくましいような、いわゆる外国人が期待するブータンっぽい風景のあるパロの魅力にすっかり引きつけられてしまった僕のような人間にとって、道路や水路に溜まったゴミや、渋滞する車や、洋服を着て行き交う人々の姿、ましてやパロにもいた野良犬の見え方までが、なんだか悲しく、残念に思えた。外から来た人間の勝手な意見でしかないのはよくわかっている。人と情報が大量に行き交う今日の世界で、鎖国し伝統を守り続けることなどできない。これが、ブータンの現実で、ここティンプーは世界と向き合わざるを得ないブータンの苦悩や歪みを受け止めている町に思えた。

 国のスローガンとして掲げている国民総幸福指数は、どちらでもない第三の選択である。テレビや外国人などの影響で芽生える国民のいわゆる経済的発展への欲望と、質素だが自然と寄り添い空や大地と共に生きる伝統的な豊かな暮らし。豊かさとは何か、幸せとは何か、これは世界の課題でもある。幸せへの問いかけとして掲げられている国民総幸福指数。この国の欲望はこれからどこに向かっていくのだろう。

 8:30に朝食を済ませ、活動スタート。今日は3月28〜30日にワークショップを行うティンプーの小学校Druk Schoolのロケハン。ワークショップのプランニング。材料の買い出しを行った。

 Druk Schoolは生徒546人と先生49人がいる小学校。ティンプーの中心街から車で15分ほど坂道を上がっていった山の中腹にある。到着してすぐに校長先生と美術の先生を紹介してもらい、ワークショップを行う時間や場所についての確認をし、そのままの流れで学校見学を行った。校長先生はチャキチャキしたおばちゃんといった雰囲気の女性で僕らの登場や今回のワークショップに関して歓迎モードだったので安心した。美術の先生はワンガという名の僕らと同世代の男性で、彼と直接やりとりをして準備を進めていくことになった。共に良いものをつくろうという意志が感じられ、全面的にサポートしてくれる心強い味方だ。

 ワークショップを行う候補地として、10畳ほどのスペースのある美術の教室や新築中の校舎の空きスペースなどいくつかの場所を見させてもらったが、ずば抜けて魅力的なのが校庭であった。山の中腹にある学校の校庭からは、正面に大きな山が見え、眼下にはティンプーの町、背後の山にはダルシンやルンタがはためき、そのまま視線を伸ばした先には青空が広がっている。とても壮観である。なんて気持ちの良い校庭だろうか。なにより空が近い。僕と潤は迷わずここを選んだ。

 僕らはそのままお昼まで学校に滞在させてもらい、ワークショッップのプランを詰めていった。普段、僕と潤はそれぞれに活動しているが、参加する小学生達に混乱が生じないように、今回は2人のアイデアプランを合わせて一つのプログラムを行うことにした。

 僕のポイントは“「空」を見る”ということ。潤のポイントは“「学校」で行う”ということ。

ワンガにプレゼンテーションしながらプロジェクトタイトルが決まった。「School of Sky」。

 学校の校庭に空をつくり出し、そこで授業をしてみよう。というものである。空の下に空をつくって、学校の中に学校をつくり、それぞれの日常での見え方や普段の関係性を変えてみようという試みである。ワークショップを行う3日間の流れは、

1、「空」という場を校庭に立ち上げるための雲(Sky Bed)づくり。

2、空で授業をするとしたらどんな授業をするか生徒みんなで考える。

3、生徒が先生になり、先生や大人が生徒となり、空の授業を行う。

 明日は日曜日なので学校は休みだが、ワークショップの準備作業をさせてもらえることになった。ワンガは仲間に声をかけてくれるという。明日の9:30の再会の約束をして学校を後にした。

 昼食を済ませ、さっそくワークショップの材料買い出しに町へ出た。夕方、日本で一度お会いしていたブータン国営放送プロデューサーのワンチュグさんと再会し、「School of Sky」のプレゼンテーションを行った。

 学校の先生にも、ワンチュグさんにも日本の地震と津波に関する話を聞かれた。失われた命の尊さを悲しむ気持ちや、復興への応援の気持ちは上手く言葉を交わせない関係でも、その表情から充分に伝わってくる。今、遠くのたくさんの人達が日本のことを想っている。

 幸せとは何か?ブータンの抱える問題は世界の課題でもあり、問いかけでもある。

 日本が今抱えている問題もまた世界の課題である。その問いかけとはいったいなんなのだろうか。日本は世界に何を問いかけることができるのだろう。世界の人達が日本を想う今、何かを発信するチャンスなのかもしれない。日本人1人1人にその問いは投げかけられているのではないだろうか。


 

 

 

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